患者さんに自信を持ってOTCをおすすめしたい!論文情報や患者さん対応など、薬剤師による薬剤師のためのOTC解説です。 今回のお話「中性脂肪異常改善薬は飲んだ方がいい?」 市販の中性脂肪異常改善薬 n-3系不飽和脂肪酸とは? EPAが中性脂肪異常改善薬に用いられるようになった背景 魚をより多く食べている人では心臓病が少ない? サプリメントや医薬品としての摂取 高純度EPAが体に良い? JELIS試験の問題点 REDUCE-IT試験の意外(!?)な結果 中性脂肪が高いとはどういうことか? 結局のところどうする? 今回出てくるOTCは・・・ エパデールT(大正製薬) 高純度EPAが体に良い? JELIS試験の問題点 エパデール®の特徴として、n-3系多価不飽和脂肪酸の中でもEPAのみを高純度で含んでいることが挙げられるでしょう。実は、EPA製剤の有効性を検討した日本の大規模臨床試験JELIS試験(Japan EPA Lipid Intervention Study )18)では、心血管疾患の予防効果が示されているのです。 この研究では、総コレステロールが251mg/dLを超える日本人1万8,645人が対象となりました。スタチン療法とEPA製剤(1,800mg/日)併用投与群 9,326人と、スタチンの単独投与群9,319人が比較され、心臓突然死、致死的/非致死的心筋梗塞、不安定狭心症、血管形成術、ステント留置術、冠動脈バイパス術の複合心血管アウトカムが検討されています。 平均で4.6年追跡した結果、複合心血管アウトカムの発生率はスタチンとEPA併用群で2.8%、スタチン単独群で3.5%と、スタチンとEPA併用群で19%、統計学的にも有意に低下しました(p=0.011)。 とはいえ、本研究結果についても議論の余地があります。ランダム化比較試験は観察的研究とは異なり、一般的に臨床仮説を検証するために行われます(対して観察的研究は仮説生成的な研究です)。そのため、研究結果の統計学的エラーを最小限にすることを目的に、研究に必要な症例数が、検討される評価項目に対して厳密に計算されています。 この研究では、心臓突然死、致死的/非致死的心筋梗塞、不安定狭心症、血管形成術、ステント留置術、冠動脈バイパス術という6つのアウトカムを1つにまとめた複合アウトカムに対して厳密な症例数が設定されているわけですね。 しかし、心臓突然死、致死的/非致死的心筋梗塞、不安定狭心症、血管形成術、ステント留置術、冠動脈バイパス術という6つの状態が同時に発生しうる状況を想定することはなかなか困難です。いくら有意にリスク低下するといっても、現実的に何が起こっているのか、少なくとも僕には想像できません。 複合アウトカムの中身を個別に見ていく方もおられますが、例えば、心臓突然死だけを見てしまうと、仮に有意な差がついていたとしても、それは検証された仮説ではなく、仮説そのものにすぎません。心臓突然死の発症リスクをランダム化比較試験で検証したいのなら、この評価項目に対してあらためて厳密に症例数を設定しなければならないからです。その場合、本研究よりも必要症例数は大幅に増えることでしょう(つまり、評価項目をあえて複合とすることで、必要症例数を少なく設定でき、研究コストを低く抑えられるのです)。 また、GISSI-Prevenzione試験と同様、本研究でも盲検化がなされていません。つまり被験者も治療者も、どちらがEPAを飲んでいる群なのか最初から明らかなのです。こうした状況下では、"EPA投与群ではないし、なんとなく状態が悪そうだから念のため手術しておこう" と治療担当医師が判断する可能性はありえますよね。 つまり、医師の主観的な判断で発生率が変化しうる評価項目を非盲検化で設定すると、研究結果がゆがめられてしまう可能性があるわけです。非盲検化試験では、「死亡」など、誰が見ても客観的に判断できる項目のみで評価を行うべきです。 以上の考察を踏まえれば、JELIS試験の結果から、高純度EPA製剤が心血管疾患に効果があるとは結論できません。 REDUCE-IT試験の意外(!?)な結果 そんな中、2018年末に高純度EPA製剤の心血管アウトカムへの効果を検討したランダム化比較試験REDUCE-IT(Reduction of Cardiovascular Events with Icosapent Ethyl-Intervention Trial)試験19)が報告されました。 この研究はLDLコレステロールが41~100mg/dL、中性脂肪が135~499mg/dLで、心血管疾患を有する患者、または糖尿病と他の危険因子を有する患者で、スタチン系薬剤を服用している8,179例が対象となりました。 被験者はスタチンに加え、イコサペント酸エチル4g/日(2g 1日2回)を投与する群と、プラセボを投与する群にランダム化され、複合心血管イベント(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中、冠動脈再建術、不安定狭心症)が検討されました。 中央値で4.9年間追跡した結果、複合心血管アウトカムはイコサペント酸エチル投与群で17.2%、プラセボ投与群で22.0%と、統計学的にも有意にリスクが低下しました(ハザード比0.75[95%CI 0.68~0.83])。 REDUCE-IT試験は二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験であり、結果の妥当性は低くないようにも思えます。ただ、JELIS試験同様、複合アウトカムのリスクが減るという状況を、臨床的にはどう解釈すれば良いのかという問題や、被験者が既にスタチン系薬剤を服用している心血管疾患ハイリスク患者であること、そしてEPAの投与量が1日4gと高用量なことは、結果の妥当性評価において議論すべきポイントでしょう。 VITAL試験参加者や、潜在的に心血管疾患の発症リスクが低い日本人において、REDUCE-IT試験と同様の効果が期待できるとは考えにくいです。ましてや、エパデールTで対応を考慮するような"健康診断等で指摘された境界領域の中性脂肪値"を有する集団に対して、EPA製剤1,800mg/日という用量では、心血管疾患の予防効果はほとんどないか、あってもごくわずかでしょう(とはいえ、単純に用量を増やせば効果が期待できるわけでもないと思いますが......)。 中性脂肪が高いとはどういうことか? そもそも中性脂肪が高いということはどういうことなのでしょうか。それは血糖値や血圧のように、高ければ下げないといけないものなのでしょうか。中性脂肪の値とその予後(臨床的な経過)に関して、デンマーク在住の20~93歳の女性7,587人および男性6,394人を対象としたコホート研究20)が参考になります。 【図3】中性脂肪の値と予後 <div style=" clear: both; margin: 15px 10px; font-size: 81.25%; line-height: 1.5; text-align: right;"> (参考文献19より筆者作成) 【図3】は中性脂肪の値別に、心筋梗塞、狭心症などの虚血性心疾患、そして総死亡のリスク(ハザード比)を示したものです。中性脂肪値が高いことは、心血管疾患のリスクのようにも見えますが、基準となっているのは88.6mg/dLの集団であることに注意が必要です。わが国の健康診断において、一般的な中性脂肪の基準範囲がおおよそ50~150mg/dL程度ですから、【図3】の88.6~176.3mg/dLという集団の中にも、"正常"といわれるような人は多く含まれているはずですよね。 仮に、88.6~176.3mg/dLの値を基準とすれば、中性脂肪の値が300mg/dL未満の"健康診断等で指摘された境界領域の中性脂肪値"程度では、心血管疾患や死亡のリスク増加は有意ではない可能性があります。こうした傾向は複数の研究21,22)で示されており、 潜在的に心筋梗塞リスクの低い日本人においては、中性脂肪の値が300mg/dL未満であれば、心血管疾患の危険因子にならない可能性すらあります。 他方で、中性脂肪が400mg/dLを超えるような人では、心血管疾患の発症リスクが懸念される場合もあるかもしれません。とはいえ、心血管リスクが高い人に対しては中性脂肪値を下げる治療ではなく、スタチン療法が考慮できるはずです。いずれにせよ、EPA製剤単独を用いるケースというのは極めて限定的ではないでしょうか。 さらに言えば、中性脂肪高値の際に用いられる医療用医薬品フィブラート系薬剤の出番すらほとんどありません。本稿ではフィブラート系薬剤の有効性については言及しませんが、以下の文献を参考にするとよいでしょう。 【フィブラート系薬剤に関する主要文献】 ■N Engl J Med. 2010 Apr 29;362(17):1563-74. PMID: 20228404■Lancet. 2005 Nov 26;366(9500):1849-61. PMID: 16310551■Circulation. 2000 Jul 4;102(1):21-7. PMID: 10880410■Cochrane Database Syst Rev. 2016 Nov 16;11:CD009753. PMID: 27849333■Cochrane Database Syst Rev. 2015 Oct 25;(10):CD009580. PMID: 26497361 中性脂肪で注意したいのはむしろ急性膵炎のリスクです。11万6,550人を対象としたデンマークのコホート研究23)では、中性脂肪が89 mg/dLの集団と比較して、89~176mg/dLの集団でハザード比1.6((95%CI 1.0~2.6)、177~265mg/dLの集団で2.3 (同1.3~4.0)、366~353mg/dLの集団で 2.9(同1.4~5.9)、354~442mg/dLの集団で 3.9 (同1.5~10.0)、443mg/dL以上の集団では 8.7(同3.7~20.0)という結果でした。飲酒習慣や糖尿病を合併している人では、より注意が必要かもしれませんね。 結局のところどうする? エパデールTに関して、要指導医薬品から第1類医薬品へ移行をめぐる議論について考察しながら、冒頭のお客さんへの対応を考えてみましょう。 エパデールT の第1類医薬品承認にあたっては、服用後の血液検査に関して、その実施率の低さを不安視する声や、添付文書の用法・用量の記載内容を疑問視する意見などが上り、度重なる検討が加えられてきました。最終的には販売条件を厳格化することで決着したようで、2019年4月15日より、要指導医薬品から第1類医薬品に移行しました。 一連の議論の中でたびたび挙がった「エパデールTを第1類医薬品にすべきではない」という意見に対しては、2通りの批判を考えることができます。一つは「いやいや第一類医薬品にすべきだ」という批判と、もう一つは「は?そもそも医薬品じゃなくてサプリメントで良いんじゃない?」という批判です。前者をベタな批判とすれば、後者はメタな批判と言えるかもしれません。 そして、ぼく自身は前者の批判にあまり興味はありません。論点に対する関心の向け方次第で、"すべき"か "すべきでない"かなんて、どうにでも議論できてしまうからです。ベタな批判というのは大抵の場合、単に論者同士の信念が対立しているだけであり、不毛な議論になりがちです。しかし、メタな批判はしばしば重要な論点を含んでいます。 今回のエパデールTに関して言えば、そもそも有効性の曖昧なEPA製剤を、高いコストを払って服用させるべきなのか? どうしてもEPAを飲みたい人はサプリメントで摂取すればよいし、そもそも魚料理を積極的に食べればよいのではないか? という問い立てが可能です。 また、エビデンスを踏まえれば、"健康診断等で指摘された境界領域の中性脂肪値"を有する人では、EPA製剤は飲んでも飲まなくても、どちらでもよいでしょう。薬を飲むことに時間とお金を使うのであれば、何か別の用途に使う方が幸せになれるとも考えられます。 今回の相談事例においては、少なくとも以下の2点はお伝えしておきたいところです。 ①"健康診断等で指摘された境界領域の中性脂肪値"は、将来的な心血管疾患リスクにはならない可能性がある(ただし、膵炎リスクには注意)。②"健康診断等で指摘された境界領域の中性脂肪値"に対するEPA製剤の効果は曖昧である(ただし、あくまで「効果不明」であり、「効果なし」ではないことに注意)。 糖尿病や高血圧などの合併症がある人や、心筋梗塞の経験がある人、虚血性心疾患の治療歴を有する人では、将来的な心血管疾患の発症リスク低下を目的とした治療が考慮できるかもしれません。ただ、その場合においても、優先して考慮したいのはスタチン系薬剤です。少なくともエパデールTで対応すべきではないでしょう。エパデールTの製剤添付文書にも『狭心症、心筋梗塞、脳卒中と診断されたことがある人、脂質異常症(高脂血症)、糖尿病、高血圧症で治療中の人や医師の治療を勧められた人は、この薬を服用しないでください』との記載があります。 もちろん、本剤の適応があり、「どうしてもEPA製剤を服用してみたい」という気持ちが強いのであれば、エビデンスの結果は服用することそのものを否定していません。効果は曖昧ですが、効果がないことが証明されたわけでもないからです。エパデールTでもよいですし、n-3系多価不飽和脂肪酸が含まれたサプリメント製品でもよいでしょう。中性脂肪の値は食事内容に大きく影響を受けることを踏まえれば、積極的にお魚を食べることでも、検査値だけであれば改善することもあるように思います。 【参考文献】1) Lancet. 1971 Jun 5;1(7710):1143-5. PMID: 41028572) Acta Med Scand. 1976;200(1-2):69-73. PMID: 9614713) Lancet. 1978 Jul 15;2(8081):117-9. PMID: 783224)Acta Med Scand. 1980;208(5):401-6 PMID: 74572085) Am J Clin Nutr. 1980 Dec;33(12):2657-61. PMID: 74354336) J Clin Med Res. 2018 Apr;10(4):281-289. PMID: 295114157) Br J Nutr. 2016 Jul;116(1):167-77. PMID: 271894378) Am J Med. 2014 Sep;127(9):848-57.e2. PMID: 248020209) BMJ. 2018 Oct 17;363:k4067. PMID: 3033310410) Circulation. 2006 Jan 17;113(2):195-202 PMID: 1640176811) Can Pharm J (Ott). 2016 May;149(3):166-73. PMID: 2721296712) Mayo Clin Proc. 2017 Jan;92(1):15-29. PMID: 2806206113) N Engl J Med. 2013 May 9;368(19):1800-8. PMID: 2365664514) N Engl J Med. 2019 Jan 3;380(1):23-32. PMID: 3041563715) N Engl J Med. 2018 Oct 18;379(16):1540-1550. PMID: 3014693216) Circulation. 2002;105:1897-1903. PMID:1199727417) Cochrane Database Syst Rev. 2018 Jul 18;7:CD003177. PMID: 3001976618) Lancet. 2007;369(9567):1090-8. PMID:1739830819) N Engl J Med. 2019 Jan 3;380(1):11-22. PMID: 3041562820) JAMA. 2007 Jul 18;298(3):299-308. PMID: 1763589021) J Intern Med. 2011 Jul;270(1):65-75. PMID: 2119899322) JAMA. 2009 Nov 11;302(18):1993-2000. PMID: 1990392023) JAMA Intern Med. 2016 Dec 1;176(12):1834-1842. PMID: 27820614 【連載コンセプト】薬剤師、登録販売者のためのOTC連載です。OTC医薬品に対する考え方、使い方について「実践的」に整理します。筆者のドラックストアでのバイト経験と、具体的な薬剤エビデンスに基づき、実際の患者にどうアプローチしていけばよいのか、ピットフォールなどを交えて解説していきます。 【プロフィール】 保険薬局勤務を経て、現在は病院薬剤師。NPO法人AHEADMAP共同代表。普段は論文を読みながら医師に対して処方提案などを行っていますが、薬剤師によるEBMの実践とその普及に関する活動もしています。 公式ブログ:思想的、疫学的、医療についてTwitter:@syuichiao89 花粉症の飲み薬についてはこちらで解説しています。